演題 感染症と戦う私たちの免疫システム
講師 大分大学医学部感染予防医学講座 小林 隆志教授
日時 2023年4月9日(日) 14:30~16:00
会場 大分県立図書館 視聴覚ホール
高校生からの質問が相次ぎ、関心の高さをうかがわせました。
【 基本再生産数R0と時間 t における再生産数R(t) 】
R0 : 誰も免疫を持たない集団で、一人の感染者が直接感染させる平均数
R(t) =R0 × 未感染者数 / 全体数
R < 1 感染収束
R > 1 感染拡大
メディア等で「実効再生産数」と言う言葉を見聞きしていましたが、R(t)のことのようです。今回のご講演でその意味がやっとわかりました。この値が1よりも小さくなれば、感染が収束に向かっているということですね。
受講後のアンケートによると、高校生からは、「今まで知らなかったことも知れて良かった」や「専門的に詳しいところまで知ることができて楽しかった」、「わかりやすくて、面白かった。もう少し深く知りたいと思った」といった、わかりやすく有意義であったとの感想が多く寄せられました。
すでに基本的な免疫システムを学んでいる高校生にとっては、インターフェロンの働きやMHC分子による抗原提示、ワクチンにおけるアジュバントの必要性など、おそらく学校では習わない最新の知見なども学べたことが、有意義だったと思われます。
一方、「自然免疫」と「獲得免疫」や「細胞性免疫」と「体液性免疫」といった免疫の基礎について、まだ本格的に学んでいない中学生や、高校生時代が昭和世代(教科書には、まだB細胞やT細胞は登場していない時代)にとっては、基礎知識がないため難しく感じられた方もいたようです。いろいろな世代の方が受講されているので、基本的な免疫システムについても示していただけるとよかったのかもしれません。
中学での「免疫」の取り扱いについて、仙台市科学館の2020年の研究報告 https://www.jstage.jst.go.jp/article/scsm/30/0/30_30/_pdf/-c が大変興味深いのでご紹介します。
2020年に日本に入ってきた新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、まだ完全に収束したわけではなく、共存していかなければなりませんが、本報告によると、「義務教育段階ではウイルスや免疫機構について学習する機会がないのが現状である。連日SARS-CoV-2ウイルスに関する報道がなされていても、感染拡大防止のために必要な行動変容やその判断の根拠となる知識不足が、間接的に感染拡大につながっている可能性がある。」とし、「義務教育段階で免疫・ウイルスを科学的に学ぶ機会がないという現状を打開するために、免疫ならびにウイルスの扱いの課題を整理すること、その授業実践のための学習指導案の提示、その試行結果を報告する。」となっています。
今後も新たな感染症が現れる可能性があることから、義務教育段階で免疫やウイルスについて学んでおくことは、確かに必要なことのように思われます。
免疫システムの基礎を学んでいない世代の方、および中学生の方は、本報告の学習指導案 表1、表2をご覧ください。免疫システムの概要がつかめるかと思います。
また、さらに詳しい説明として、コロナ制圧タスクフォースが一般公開している解説 https://www.covid19-taskforce.jp/opened/immune-response1/ も、著者の河本 宏先生のイラスト付きで、わかりやすくてお勧めです。
今回の講演会は、感染症に対する免疫システムについてでしたが、免疫は細菌やウイルスだけでなく、がん細胞にも働きます。ただ、通常の免疫機能だけでは完全に死滅させることが難しい難治性のがんもあり、そのようながんに対し、患者さん自身のT細胞を遺伝子改変技術で、より強力な機能を持つT細胞(CAR-T細胞)に変えて治療するCAR-T療法と言われる治療法が最近開発され、メディア等で紹介されるようになっています。(CAR : キメラ抗原受容体 chimeric anti-gen receptor )
免疫システムは生体防御に欠かせないシステムですが、他方、免疫細胞が自分自身の細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患もあります。現在CAR-T療法は、血液がんの一部のみが対象となっていますが、今後さらに研究が進み、もっと多くのがんや自己免疫疾患に対する有効な治療法が開発されることを期待したいですね。
前回の水素エネルギーについての講演会では、この分野での第一人者の方にご講演いただいたものの、中高生の参加が少なく残念でしたが、今回は、これまでになく高校生の参加が多く、彼らが頼もしく、未来に希望を感じた会となりました。若い人たちには、社会に関するいろいろなことに関心を持ってほしいものです。